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競業があったときの競業避止義務、秘密保持義務、不正競争防止法の徹底解説【企業法務】
今回は、競業避止義務、秘密保持義務・不正競争のお話です。
退職した従業員や退任した役員が競業行為をしている、会社の技術ノウハウを盗まれた、他の従業員が引き抜かれたなどの相談は珍しくありません。同業者間での転職や、同業者による引き抜きは効率的なために必然的に多くなります。独立する際も培ってきた知識・ノウハウ・人脈を利用するのが当然でしょう。一方、企業にとって、技術・ノウハウ・顧客情報・人材の流出は死活問題です。納得できませんね。こうした理由で、競業避止義務、秘密保持義得・不正競争が絡む紛争は多々発生しています。
これまで、一般的な企業では、就業規則において副業禁止規定が設け、従業員の副業を禁止していました。
ところが、最近は、副業を認める企業が増えてきており、国をそれを後押ししています。
副業が増えれば、在職中の競業行為の可能性も増えますね。今後、競業避止義務違反・秘密保持義務違反、不正競争防止法違反の紛争が増加していくかもしれません。
目次
競業避止義務とは従業員の競業避止義務
競業避止義務違反の判断
取締役の競業避止義務
競業行為に対する措置
従業員の引き抜き行為
秘密保持義務
不正競争防止法
まとめ
Ⅰ競業避止義務とは
1.競合避止義務とは
競業避止義務は競業行為を避止する義務です。競業行為とは、取締役に関する会社法の定めでは、自己または第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をすることを意味します。ただし、実際に就業規則や合意などで定められている競業行為はそれよりも広い意味です。競業会社への就職も含まれたりします。
従業員の競業避止義務と、取締役等役員の競業避止義務とは、その根拠を異にするため、分けて考えなければいけません(考え方は重なりますが)。
競業避止義務というと、ほかに営業譲渡人の競業の禁止(商法16)が思い浮かぶでしょうか。営業譲渡をした譲渡人は、同一の市町村で同一の営業を20年間行ってはいけないとう法定の義務です。事業譲渡、株式譲渡などM&Aの契約書では、ほぼ例外なしに、競業避止義務条項が設けられています。
一定の従業員や役員は企業独自のノウハウ、秘密の技術、集約された顧客情報など企業の様々な無形の資産に接することができます。一人前の仕事をしてもらうにはそれらを積極的に教えなければいけません。従業員や役員が、ライバル企業に転職したり、事業を立ち上げて競争相手になるのは、企業からしたらフェアな行為だと思えません。私も経営者ですから、そのような心理は理解できます。競業避止義務は、企業として当然の要請といっていいでしょう。
一方で、転職の自由、営業の自由は憲法上保障される価値です。それらを制限する面がある競業避止義務には制約が存在します。
2.憲法との関係
憲法は、職業選択の自由(憲法22Ⅰ)を明文で定めます。身分な性別によって職業が固定されていた歴史を踏まえた規定です。また、同条、および財産権を保障する憲法29条は、営業の自由を保障すると解釈されています。憲法上、職業を選択するのも、事業を始めて営業するのも、本来自由です。競業行為を禁止する競業避止義務は、個人の職業選択の自由あるいは営業の自由という憲法上の権利を制限する面があることになります。
憲法は私人間の法律関係に直接適用されるわけではありません。近代憲法は、国家に対して個人の自由を保障することを本来の役割とします。しかし、競業避止義務の有効性や具体的行為が同義務に違反するかどうかの判断においては、憲法上の人権保障の趣旨が及ばされます。会社の利益、従業員・取締役の不利益および社会的利害に立って、制限期間、場所的職種的範囲、代償の有無を検討し、合理的範囲かどうかが判断され、職業選択の自由等を過度に制限し合理性がない競業避止義務の定めや合意は、公序良俗(民法90)に反して無効となります。
Ⅱ 従業員の競業避止義務
1.在職中の競業避止義務
従業員の在職中の競業避止義務は、取締役等役員のそれと違い、法律の明文で定められてはいません。しかし、在職中の従業員は、労働契約に付随する義務として、当然に、競業避止義務を負います。
労働契約はその人的・継続的な性格から当事者間の信頼関係が要請されます。労働契約法でも信義誠実の原則が特に規定されている所以です(労働契約法3Ⅳ)。労働契約の当事者双方は、信義誠実の要請に基づいて、各種付随的義務を負います。使用者の付随義務としては、安全配慮義務が代表的ですね。一方、労働者の付随義務としては、営業秘密保持義務、競業避止義務、使用者の名誉・信用を毀損しない義務などが挙げられています。
当然認められる義務ですが、就業規則や誓約書等の合意によって競合避止条項が定められいることが多いと思います。法律上当然に認められる義務であっても、その内容を具体的・詳細に定めていくことはいいことです。
なお、就業規則に競業避止義務条項を設け、さらに誓約書等の個別合意にて競業避止義務特約を締結するケースでは、両者の内容が抵触しないように注意します。特約の内容が就業規則の基準に達しない条件として無効になりかねません(労働契約法12)。就業規則の競業避止義務条項において、個別の特約を許容する旨を記載すべきと言われています。
2.退職後の競業避止義務
競業避止義務違反が問われるトラブルのうちの多くは、退職後に競業行為がなされたケースです。職業選択の自由あるいは営業の自由の観点から、従業員が退職後に競業行為をすることは原則自由です。
退職前の競業避止義務とは異なり、退職後の競業避止義務は原則として存在しません。
退職後の競業避止義務を課すためには、
① 就業規則の規定で定めておく
あるいは
② 従業員との間で個別の合意(雇用契約、誓約書等)をしておく
の方法をとっておかなければなりません。
就業規則の定め、あるいは競業避止義務の特約が存在するだけではいけません。
競業避止義務は、職業選択の自由、営業の自由という憲法上の価値との関係で、合理的な制限でなければ許容されず、無効となります。就業規則あるいは誓約書等の合意文書は、後に有効性が否定されない形で作成しなければいけません。
なお、前述のとおり、就業規則の定めと個別の合意の双方を用意する場合には、双方の内容が抵触しないよう注意してください。
Ⅲ 競業避止義務違反の判断
1.在職中の競業行為
在職中は、定めや合意のあるなしにかかわらず、競業避止義務が認められました。競業避止義務違反かどうかの判断においては、従業員の引き抜き、顧客奪取、企業秘密の漏洩等、使用者の事業活動に影響を及ぼす行為が行われているかが重視されていると言われています。企業側を保護する要請が高いため、高い役職の従業員や機密情報に密に接していた従業員の行為は競業避止義務違反と認められやすい傾向にあります。
2.退職後の競業避止義務の定め・合意の有効性
従業員が退職後に競業行為をすることは原則として自由であり、退職後の競業避止義務はそれを定める就業規則の定めや個別の合意が要求され、その内容も合理性を欠くと無効となりました。退職後の競業避止義務の定めの有効性は、次の①~⑥の要素を総合考慮して、企業の利益と従業員の職業選択の自由の調整を図るものとしてが適切かどうかの観点から判断される傾向にあります。
①守るべき企業の利益(競業避止の必要性)
技術情報、顧客情報、ノウハウ等守るべき企業の利益が、職業選択の自由を制限するに値するものであるかです。不正競争防止法の「営業秘密」(同法2Ⅵ)と同じように、秘密管理性、有用性、非公知性などが総合考慮されて判断されます。
もちろん、守るべき利益は、不正競争防止法上の「営業秘密」に限定されません。「営業秘密」として保護するのが難しい、独自のノウハウや技術的な秘密も、企業側の利益なり得ます。特約の中で保護すべき対象をできるだけ明確にしておきましょう。
②対象従業員等の地位
従業員全員を一律に対象とする規定や一定の役職以上を一律に対象する規定は、対象従業員の限定が不十分として無効となりかねません。あくまでも企業に営業秘密などを守る必要がなければいけませんから、対象の従業員は、機密性の高い情報に接する従業員に限定される傾向にあります(形式的な地位は問いません)。
なお、一般的な業務に関する知識・経験・技能を用いることにより実施される業務は競業避止義務違反の対象とならないとした裁判例もあります。また、対象の限定が不十分な就業規則の文言を合理的な内容に限定解釈して、その限りで有効性を認める裁判例もあります。
③地域的な限定
地域的な限定がないケースは否定的な報告に評価されます。他の要素との相関で判断されますので、会社が全国チェーンであるケースでは地域的限定なしに有効性が認められた例もあります。
いずれにせよ、無効となるリスクを低減するためには、従業員の不利益を考慮し、できるだけ地域を限定することになります。
④存続期間
1年ないし2年とする例が多いといわれています。
1年以内の存続期間は有効とされる傾向にありますが、2年の存続期間は否定的に評価する裁判例もあります。2年ぐらいからはリスクがあると考えた方がいいでしょう。2年を超える存続期間は、特に競業を禁止する必要があり十分な代償措置がある等の特別な事情がない限り、有効性を認めてもらうのは困難です。
⑤禁止される行為の範囲
競合他社への転職を全面的・抽象的に禁止する規定は、職業選択の自由を一般的に制限するものとして、無効と評価されかねません。他方、業務内容、職種、地域等を特定し、禁止する行為の範囲を限定すれば、肯定的な評価になります。例えば、対象行為を競業や在職中に担当した顧客との取引を禁じるに留めるケースでは有効と評価されやすいでしょう。
⑥代償措置
代償措置の有無については企業側の認識がないかもしれません。本来ある自由を制約するには対価が必要だということでしょうか。相当額の金員が交付されていれば、退職後の競業避止義務を課しても著しく授業員の不利益はないと評価され、有効性が認められやすくなります。退職後の競業避止義務に見合う代償措置がまったくないケースでは、有効性が否定されやすくなります。
退職金の加算、在職中の高額な賃金、特別な奨励金等、金員交付の名目は問われません。労務提供の対価を超える金員が交付されているケースでは、実質的に代償措置が講じられていると認められる可能性があります。
Ⅳ 取締役の競業避止義務
1.在任中の競業避止義務
取締役在任中の競業避止義務は法律で明確に定められています。取締役は会社のノウハウや顧客情報等を奪う形で会社の利益を害する危険が高いためと言われています。取締役が「自己または第三者のために」「株式会社の事業の部類に属する取引」をしようとするときは、株主総会(取締役会設置会社であれば取締役会)の承認を得なければなりません(会社法356Ⅰ①、365)。
「会社の事業に部類に属する取引」が競業です。会社が実際に行っている取引と目的物ないし事業(商品・役務の提供)および市場(地域・流通段階等)が競合する取引を意味します。定款所定の事業であっても実際に行われていない事業は対象外です。一方、会社が進出を予定しているときには対象となります。取締役が同業他社の業務執行をしない取締役となるだけでは対象となりません。部下や親族を役員に就任させて人的物的に援助を続けるなど事実上の主宰者として競合会社を支配していた場合には、自ら競業を行うのと同一視して競業避止義務違反となります。
なお、行為が「競業」に該当しなくても、営業秘密を利用して競業避止義務規定が守ろうとする法益を害する形で会社に現実に損害を生じさせたといえるケースでは、取締役の忠実義務違反の責任が生じます。取締役は、会社に対し、善管注意義務(民法644)・忠実義務(会社法355)を負います(両者は同じ意味と考えていいです)。競業避止義務は、善管注意義務・忠実義務の一内容となっています。
取締役が会社が関心を持つはずの新規事業機会等を自己の事業にすることも、会社に対する忠実義務違反となることがあります。会社の機会の奪取と呼ばれています。取締役が個人の資格で得た情報等をどこまで会社に提供するべきかは、会社のタイプおよび取締役の社内的立場等により異なり、たとえば、会社が上場会社等公開型のタイプであれば常勤の取締役はその能力すべてを会社に捧げるべき、将来の保障が必ずしもない中小企業の非同族の取締役にはそこまでの忠誠を期待することは無理である、と言われます。
「自己または第三者のために」とは、「自己または第三者の計算において」という意味(利益が誰に帰属するのかに着目)と考えられています。
競業の承認を得ないで取引をしたときは、当該取締役または第三者が得た利益の額を会社に生じた損害額と推定して損害賠償請求ができるという損害の推定規定が用意されています(会社法423ⅠⅡ)。会社の立証負担が軽減されます。
委任契約などにおいて、取締役等に対し、会社法の定める「競業」よりも広い形で競業避止義務を負担させている例も多いでしょう。禁止される事項と違反に対するペナルティを具体的に定めることはいいことです。
なお、退任予定の取締役による従業員の引き抜きもよく見られます。部下に対する退職勧誘が当然に忠実義務違反となるのではありません。職業選択の自由(転職の自由)の観点から、取締役の退任の事情、取締役と部下との従来の関係(自ら教育した部下か否か)、引き抜かれた人数等の会社に与える影響の度合い等の諸般の事情を総合考慮し、不当な態様のものに限って忠実義務違反になります。
2.退任後の競業避止義務
取締役の退任後の競業は、職業選択の自由、営業の自由の観点から、原則として自由です。従業員の場合と同様です。企業が役員に対して退任後の競業避止義務を負わせたいときには、委任契約や誓約書などで合意しなければいけません。競業避止義務の合意は取締役の職業選択の自由、営業の自由に関わります。そこで、社内での地位、営業秘密・得意先維持等の必要性、地域・期間など制限内容、代償措置等の諸要素を考慮し、必要性、相当性が認められる限りにおいて有効であると考えられています。
なお、競業行為が、在任中の営業秘密を利用した不正競争に当たる場合には、退任後であっても不正競争防止法違反となります。
Ⅴ 競業行為に対する措置
1.企業としての対処
①警告文競業行為が発覚し次第、当該従業員等に対して警告文を送付することが考えられます。
②懲戒処分
競業行為は就業規則違反(「会社の利益に反する著しく不都合な行為」など)となります。
退職前に競業行為が発覚した場合には、退職の申出を承認(正式受理)をせず、懲戒解雇等を検討することになるでしょう。
③退職金の減額・没収
退職金の減額・没収は、退職金規程等就業規則にその旨の明確な規定が存在することが必要です。
勿論、定めが有効ではなければいけません。規定の合理性と当該ケースへの適用の可否は、退職後の競業制限の必要性や範囲、競業行為の態様等に照らして判断されます。
④監査・調査
競業行為をした従業員が、会社を私物化して不正行為をしていたというケースは多々見ます。調査する必要があります。
⑤被害を抑える努力
早急に被害を食い止めなければなりません。法律的な対処では時間がかかりすぎるのは否めません。
取引先への事情説明を直ちに行い顧客奪取をできるだけ防ぐ、社内に対して会社の毅然とした態度を示し引き抜き行為を防ぐ等、傷口が拡がらないための対処が必要です。
⑥予防が大事
なお、競合行為への対処としてはその予防が一番であることは言うまでもありません。
経験上、日々のガバナンスが競業行為を防ぐと感じています。ガバナンスが効いている企業では競業行為を招く環境がありませんし、競業行為をすることも難しいでしょう。
いくつか考えていることを挙げます。従業員の自由に任せていた場合には、モラルハザードが生じて競業行為を生みがちです。権限分掌を明確にしておくべきです。従業員の士気が高い会社は、従業員の引き抜きができず、競業行為も困難となります。問題社員の放置はモラルハザードの原因です。対処を先送りしないようにしてください。担当者だけがつながっている取引先を作らないでください。経営者も取引先とつながっておけば顧客奪取はされません。
2.法的な対処
① 損害賠償競業避止義務違反は債務不履行です(不法行為も成立し得ます)から、損害賠償請求ができます(民法415)。
ただし、近時の裁判例では、退職後の競業避止特約に基づく損害賠償について、職業選択の自由に照らして、制限の期間・範囲を最小限にとどめることや一定の代償措置を求めるなど、厳しい態度をとる傾向にあると言われます。
使用者は、競業避止義務違反と相当因果関係のある損害を主張・立証します。相当因果関係ある損害の発生、および損害額の立証はときに困難です。競業行為がなかったら当然に受注していたと立証します。いかなる利益を逸失しているか具体的に金額を算定し、それが難しい場合には合理的な推計計算をします。
逸失利益の計算期間は、競業避止義務違反の影響から回復する(新たな顧客の獲得、人材の補填、営業の回復等)に足りる相当期間ですが、6カ月以内が多いといわれます。
民事訴訟法248条の規定が利用された裁判例もあります。賠償額の立証が極めて困難な場合に裁判所が相当な損害額を認定することができると定める規定です。
不正競争防止法違反のケースでは、同法5条の損害額の推定規定を利用できます。
以上を踏まえると、誓約書等の合意書面では、立証負担の軽減のため損害賠償額の予定(民法420)を盛り込むべきかと考えます。もちろん、有効と認められる定めでなければいけません。
なお、退職後の競業避止義務の存在が認められない場合であっても、職業選択の自由や自由競争の原理を逸脱する違法な態様での競業が行われたときは、使用者に対する不法行為(民法709)が成立しうるとされています(最判H22.3.25、事案では否定)。
② 差止め請求
競業避止義務を定める就業規則や個別の合意に競業の差止め条項が明記されているケースでは、同条項に基づいて差し止めを求めます。差止めは、競業主体に直接重大な不利益を課す措置です。差止め対象の行為は必要十分な期間に限定され、差止め期間も必要十分なものに限定される等、合理的なものでなければいけません。
合意がなく、不法行為を根拠に差し止めをする場合には、違法性が強度で、事後的な損害賠償では損害の回復が図れない場合に限定されるといわれます。
なお、不正競争防止法違反が認められるときは、同法3条1項に基づく差止め請求ができます。
Ⅵ 従業員の引き抜き
1.従業員の引き抜き
競業行為に伴って他の従業員が引き抜かれる事例は多々あります。企業は人材の育成に多大なコストを払っています。かつ、人材が抜けるとそれを回復するのは容易ではありません。企業規模によっては、突如従業員を引き抜かれてしまうと、事業の遂行自体を困難ならしめる影響を受けます。企業にとっては到底許せない行為です。しかしながら、労働市場における転職の自由も憲法上の価値から尊重されます。引き抜き行為を行うことは原則として違法ではありません。単なる勧誘の範囲を超え著しく背信的な方法で行われ社会的相当性を逸脱した場合、あるいは引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われた場合に限って、違法な勧誘行為と評価されます。
その判断に際しては、引き抜かれた従業員の会社における地位、引き抜かれた人数、引き抜きが会社に及ぼした影響、勧誘の方法・態様等の諸般の事情が考慮されます。大量の引き抜き、きわめて執拗な勧誘、地位を利用した勧誘、経営秘匿情報を用いた勧誘、虚偽情報を用いた勧誘などが該当し得るとされています。
2.引き抜き行為への対処
引き抜き行為の事実を把握した場合には警告文を送付します。社内にも会社の毅然とした態度を周知する必要があるでしょう。引き抜きは原則として自由な行為であるため、特別な事情がない限り、差止め請求はできません。
損害賠償請求ができるのも、引き抜き行為が違法と評価されるケースのみです。その場合、競合他社の不法行為責任(709、715、719等)も追及できる場合があります。引き抜かれた従業員も別途競業避止義務違反が問われ得ます。
引き抜き行為に対する法的な対処は特に悪質なケースに限られます。仮に損害賠償請求ができたとしても、事後的対処では事業への悪影響は避けられません。従業員のモラルを維持して引き抜きを防ぐ日頃の経営努力が大切になりますね。
Ⅶ 秘密保持義務
1.在職中の秘密保持義務
労働者は、労働契約の付随義務として、信義則上、使用者の営業上の秘密を保持すべき義務を負います。役員についても、委任契約の付随義務として、同様の義務が認められるでしょう。
在職中の秘密保持義務は、当然の義務でありますが、多くの企業では、就業規則あるいは誓約書や秘密保持契約等の個別の合意書面にて、具体的にその内容が定められていると思います。効果的なものにするためには、対象となる秘密情報の範囲および違反した場合のペナルティはできるだけ具体的に定めるべきでしょう。
なお、取引先との秘密保持契約では、自社が負うのと同等の秘密保持義務を役員・従業員に負わせることが要求されている例は多いです。
在職中の秘密保持義務違反への対処としては、従業員に対する就業規則に基づく懲戒処分・解雇、あるいは債務不履行による損害賠償請求(民法415)が考えられます。もちろん、差止め請求も考えられます。
漏えい先の第三者が、当該従業員等が秘密保持義務を負っている事実を認識した上で漏えいさせたのであれば、第三者に対する損害賠償請求(民709)も可能です。
2.退職後の秘密保持義務
従業員は、退職後については、就業規則あるいは個別の合意がない限り、秘密保持義務を負いません。退職後・退任後の秘密保持義務を課すためには、就業規則の定めを整備し、あるいは個別の合意を交わす必要があります。役員も同様です。ただし、退職後であっても、信義則上、一定の範囲では引き続き秘密保持義務を負うとした裁判例もあります。
秘密保持の定めあるいは契約は、職業選択の自由、営業の自由を制約する側面がありますから、必要性・合理性を求められます。秘密保持の対象を明確に定めることが必要ですし、秘密の性質・範囲、秘密の価値、退職前の地位に照らし、内容が合理性であることが要求されます。
なお、不正競争防止法では退職の前後を問わず「営業秘密」が保護され、第三者にも主張でき、立証軽減措置も設けられています。その代わり、不正競争防止法で保護される「営業秘密」は認められるハードルが高いです。
これに対し、就業規則や合意による定められた秘密保持義務は、第三者に対する効力は原則なく、特別な立証軽減措置もありません。その代わり、対象となる企業秘密の範囲・種類を自由に決められます。また、違反に対するペナルティを、その有効性が認められる限りで柔軟に定めることができます。
Ⅷ 不正競争防止法
1.不正競争防止法による営業秘密の保護
重要な知的財産である秘密情報が不正に開示、使用されると、それ自体で大きなダメージを受けるとともに、信用問題にも発展しかねません。情報流出には民法上の不法行為(民法709)によっても対処ができるのですが、必ずしも十分ではないため、不正競争防止法で特に保護を強化しているのです。不正競争防止法は、「営業秘密」(法2Ⅵ)の不正な取得・使用・開示を「不正競争」(法2Ⅰ④~⑩)として規制しています。役員・従業員は、在職中・退職後を問わず、「営業秘密」を保持する義務を負い、これに違反すると不正競争防止法違反となります。
不正競争防止法違反に対しては、差止め(法3Ⅰ)、損害賠償(法4)、侵害行為を組成した物の廃棄・侵害行為に供した設備の除却(法3Ⅱ)、信用回復措置(法14)を請求することができます。
刑事罰として営業秘密侵害罪(法21)も用意されています。
被害回復を容易にするために、損害賠償の推定規定(法5)、立証負担の軽減(法5の2)の規定が用意されています。
不正競争防止法では「営業秘密」を強力に保護しています。競業行為、秘密保持義務違反行為が、不正競争防止法が使える案件であれば、まずは不正競争防止法違反を問うことになるでしょう。
2.営業秘密と認められる要件
営業上の秘密がすべて不正競争防止法で保護されるわけではありません。これは、経営者によって必須の知識です。すなわち、不正競争防止法の保護を受けるためには、侵害された情報が「営業秘密」であると認められる必要があります。そして、「営業秘密」と認められるには高いハードルがあります。「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他事業活動に有用な技術上、又は営業上の情報であって。公然と知られていないもの」と定義されます(法2Ⅵ)。したがって、
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)
の3つが要件となります。
そのうち秘密管理性は容易に認められません。否定する裁判例は多数あります。秘密管理性が認められるためには、保有企業に主観的に秘密にする意思があるだけでは足りません。情報が客観的にも秘密として管理されていなければなりません(客観的な秘密管理性)。
①情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限性)
②情報にアクセスした者に情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(認識可能性)
の2つが判断要素とされています。
就業規則の規定や合意による秘密保持義務の設定は秘密管理性を肯定する方向の事情の1つになりましょう。もちろん規定や合意だけではなく、パスワードなどで技術的にアクセスの制限をする、秘密情報として特定して厳格に管理するなどの管理の徹底も必要となります。不正競争防止法による保護を受けられるように管理を徹底していれば、同時に、不正行為の予防にも繋がります。
裁判例では、客観的な秘密管理性を、情報の性質、情報の保有形態、情報を保有する企業の規模などの諸事情を総合考慮して合理的な管理がなされていたかどうかで判断しています。情報の種類や事業内容に応じた、適切かつ企業規模に見合った管理ということですが、具体的にどのような管理をすればいいかはケースバイケースで画一的に申し上げられません。参考となるものに、経済産業省が出している「営業秘密管理指針」があります。弁護士等の専門家に相談し、適切な対処を準備しておいてください。
Ⅸ まとめ
1.競業避止義務・秘密保持義務・不正競争防止法
在職・在任中の競業避止義務・秘密保持義務は当然に認められ、退職後・退任後の競業避止義務・秘密保持義務は原則として就業規則等の定めや個別の合意がなければ認められませんでした。いずれにせよ、競業避止義務・秘密保持義務とも、具体的に、詳細に定めておくことが肝要です。そして、退職後・退任後の競業避止義務・秘密保持義務の定めや合意は、合理的な内容と認められなければ無効とされました。就業規則の定めあるいは個別合意文書を作成するにあたっては、有効性を判断する際に考慮される各項目について、できるだけ無効となるリスクを低減できるような条項を吟味しましょう。
不正競争防止法の定める「営業秘密」を利用した不正競争に対しては、同法に救済を受けることができました。ただし、「営業秘密」として認められるには高いハードルがあります。日頃からの厳格な管理が肝要でした。
2.事前準備・予防が肝要
競業避止義務、秘密保持義務、不正競争が絡む紛争は珍しくありません。被害の回復には困難を伴うケースがあります。仮に金銭的な被害回復が実現しても、それだけではダメージは回復できません。企業としては、顕在化する可能性が相応になるリスクの1つとして、被害をできるだけ小さくする対処を事前に準備しなければいけません。もちろん、そのような事態が発生しないように予防をすることがより大切になります。
一度、①どのような情報、どのような技術、どのようなノウハウを守らないといけないか、②現状ではどのような管理をしているか、③担当者が競業他社に転職したり独立した場合にはどのような影響があるのか、④就業規則や合意文書ではどのような内容が決められているのかなどを見直してください。もちろん、専門家の助けを得て確認してください。リスクは法的に評価しなければいけません。
この記事を書いた人
弁護士 仲田 誠一(広島弁護士会所属)◆経歴
1996年4月~
あさひ銀行 融資、融資管理、企業再生、法人営業等
2002年5月~
東京スター銀行 経営管理、内部監査、法人営業等
2004年4月~
広島大学大学院法務研究科
2008年12月
弁護士登録
2017年~各前期
広島大学大学院客員准教授(税法担当)
◆資格等
弁護士
公認内部監査人試験合格
著作「自転車利活用のトラブル相談Q&A」(民事法研究会,2022)
(なかた法律事務所) 2022年2月 2日 09:08
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