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旧コラム 企業法務: 2011年1月
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「事業承継対策の必要性」 【企業法務】
弁護士(広島弁護士会所属)の仲田誠一です。
大昔の話ですが,私が就職活動をする際,最初に受けた某企業の集団面接において,「企業にとって何が一番大切か?」と聞かれたことがありました。
私が「心です」と元気に答えると,面接官やほかの学生に笑われてしまいました。他の学生はもっともらしいことを話しており,恥ずかしかったです。
幼稚な考えだと思われたのでしょうか。当然,面接には落ちました。
しかし,銀行員あるいは弁護士として多くの企業を見てきた現在でも,「企業には心が一番大事だ」という考えは変わっていません。
心=経営理念は企業組織を貫く柱です。経営者の「心」が,組織の末端にまで到達していなければ,営業活動は上手くいくはずありません(営業マンが何 を話してもお客さんに何も伝わりません)。また,企業不祥事の原因も,経営理念が行き渡らなかったためのモラルが低下であることが多いようです。リスク管 理の根幹も経営理念の浸透にあります。
事業活動の根幹は,「心」だと思います。
ちなみにその会社は,斜陽の一途をたどっています。
さて,今回は,中小企業の「事業承継対策はなぜ必要か?」についてのお話をさせてください。
事業承継対策の必要性については,近年さかんに宣伝され,経営承継円滑化法など立法や金融支援制度などの手当てもされているところです。経営者の方に対して,金融業界や弁護士,税理士など,様々な業界からアプローチがされているのではないでしょうか。
私なりの考えることを,銀行員として多くの中小企業経営を見てきた経験やリスク管理部署にいた経験も踏まえた上で,かつ法律の専門家としての観点から(といっては偉そうですが),お話しさせていただきたいと思います。
結局は,「心」の引継ぎが必要だというよくわらない話になりそうですが…
◆ 中小企業の事業の継続のためには・・・
企業は,事業を継続していくことに存在意義のある組織です(ゴーイング・コンサーン)。企業活動には,経営者一族はもちろん,従業員や取引先など利害関係者が多く存在します。企業がその事業活動を止めてしまうと,それらの利害関係者に多大な影響を与えてしまいます。
大企業をイメージすると,一般的には株主(企業の所有者)と経営・事業資産は分離しています(「所有と経営の分離」)。株主の経営に対する影響力 は限られていますし,よほどの大株主が変更しない限り経営者は代わりません。事業資産も会社名義なので株主の変更により影響を受けません。そのため,株主 が代わっても事業継続に支障をきたすことはないのが一般的です。
個人事業主はもちろん,法人であっても,わが国の中小企業の場合は様子が変わります。所有(株主)と経営は分離していません。事業自体が株主(兼経 営者)の資質に左右されることが大きいことはもちろん,株主の変更は即経営者の変更を意味します。さらに,工場や社屋など事業用資産が株主名義になってい るケースも多いです。したがって,株主(兼経営者)が交代すると,事業継続への影響が大きいのです。
そのため,中小企業においては,事業の継続を確保するために,ひいては多くの利害関係人のために,後継者などにスムーズに事業を引き継ぐことを考えなければならないのです。
それが事業承継の問題です。
◆ 中小企業の事業承継対策をしないと
具体的な話をしましょう。
例えば,経営者が,遺言を作成することなく急に亡くなったとします。経営者の遺産の大部分は持ち株や事業用資産でした。法定相続分に応じて,持ち株や事業用資産(事業用不動産など)が分割相続されたとしましょう。
後継者はなんとなく長男みたいなのですが,まだまだ周りから信認されているとは言えず,そのため他の相続人も納得していません。
そして,仕事ができて従業員や取引先の信認も厚い次男が,他に株を持っている親族なども抱きこんで後継者争いが始まりました。
長男は何とか遺産分割協議をまとめたいが,話合いがまとまりそうもない。
極端な,最悪なケースです。この会社は,事業継続自体が危ぶまれますし,会社が分裂する可能性もあるでしょう。
このようにならないために事業承継の対策が必要なのです。
上の会社は何が悪かったのでしょう?
◆ 後継者の育成
上の例では,そもそも後継者の育成がおざなりでした。
まず,事業承継の肝は,言うまでもなく,後継者の育成です(M&A,MBOも含めて)。
後継者が育たなければ,他のどんな対策をとっても意味がありません。
ちなみに,銀行時代の経験上,経営者代替わりによって取引先の企業が傾いたという実例は珍しくありませんでした。
さらに,後継者争いが起こった企業の有形無形のダメージは相当なものでした。
そのようなことがあって,銀行も,取引先企業に後継者候補がいるかいないか,また後継者候補の資質などを,みなさんが思っている以上に気にしています。銀行の融資対応にも少なからず影響すると言ってもいいと思います。
◆ 一般的に言われる「事業承継対策」
一般的に「事業承継対策」といわれている方策は,後継者育成のための環境作り,引き継いだ後継者へのサポートの意味合いを持ちます。
企業は,「ヒト・モノ・カネ」で出来ています(「ジョウホウ」を含めることもありますが,ここでは「ヒト」に含まれると考えてください)。
事業承継というからには,それらを後継者にスムーズに引き継ぐ必要があります。
せっかく育てた後継者に,会社の「ヒト・モノ・カネ」をスムーズに引き継がないと,後継者を育成した意味がありません。これも当然に重要なことです。
◆ 「モノ・カネ」の承継の問題
上の例の「モノ・カネ」の面を話すと,まず,事業用資産が分割取得されている面が問題です。上の例のように親族間の関係が悪化すると,事業継続に支障を来たすおそれがあります。
また,持ち株が共有取得されている問題もあります。そもそも関係悪化による事業継続への支障がおきるという問題に加え,新しい取締役等の決定もままならない手続上の問題も生じ得ます。
さらに,資産形成面でも,持ち株と事業用資産に集中をさせすぎていて,遺産分割に柔軟性を持たせられない問題もあります。
◆ 「ヒト」の承継の問題
一方,「ヒト」の承継の問題は,従業員の志気,取引先との関係,銀行との関係など,「心」の問題になります。
上の例では,経営者の生前の行為あるいは遺言によって,他の親族が事業の引継ぎを納得できるような環境を作れなかったため争いを招きました。
さらに,従業員がモラルを維持できるような,取引先や銀行との関係を維持できるような後継体制が整備されていなかった問題もあります。対策をしない うちに争いが起きてしまった以上は,従業員の士気は下がり,築き上げた企業風土は消え去ります。取引先もどちらにつくか混乱するでしょう。もしかしたら銀 行は融資を引き上げるかもしれません。
そのようになってしまうと収拾をつけるのは難しくなります。事業継続が難しくなるか,あるいはダメージを負ったまま分裂してしまうかもしれません。
◆ 事業承継対策の必要性
上に挙げたのは極端な例ですが,多かれ少なかれ,中小企業にとっての経営者の交代は企業の命運を左右するリスクがあることなのはわかっていただいたと思います。
中小企業の事業承継が,企業にとっての大きなリスク要因である以上(しかも保険ではカバーできません),経営者にとって,そのリスク管理は必須です。
「家族が争って事業をだめにするようなことはあり得ない」と考える方もいらっしゃるでしょうが,それは事業承継リスク管理の放棄です。問題が起きた 場合のダメージは大きいため,問題発生の可能性が完全にゼロと証明できない限りは,それに対する対策をする必要があります。
◆ 事業承継対策っていうけど・・・
事業承継対策は具体的にどういうことをするべきか,上の例に沿って,ほんのさわりだけお話しさせていただきます。詳しくは機会を見つけてお話しようと思います。
◆ 後継者の育成には
企業理念,取引先とのパイプ,企業人として心構え,経営者の自覚,カリスマ等々の引継ぎは非常に難しく,皆が納得できるような後継者育成には時間がかかります。
また,経営者は,往々にして,自分が元気なうちはすべて自分がやりたいと思う傾向があると思います。企業経営者には,ある程度自分を抑えて,計画的に後継者を育てる責任があると思います。
後継者の育成の方法としては,他社に修行に出す,社内で育てていく,子会社や一部門を任せる,などいろいろな方針があると思います。
経験上,社内で育成する場合には注意が必要だと思います。どうしても,裸の王様になりがちなような気がします。
銀行のジュニア層向けの親族会に積極的に参加させたり,社内でもきつい仕事を受け持って苦労を知ってもらうなどもいいかもしれません。
個人的には,中小企業経営者やその後継者が集まる企業法務あるいはマネジメントの講座や私塾に参加することもいいと思います。意識の高い目上の人あるいは対等の人との交流は,きっとよい財産になると思います。
我田引水ですが,私も大学と連携して他の弁護士や税理士などと,そのような戦略的ビジネス法務の研究会の準備をしているところです。
◆ 「モノ・カネ」の承継は,財産権の承継の問題です。
財産権の承継の問題である以上,持ち株や事業資産の分散を防ぐ対処は,遺言の作成や生前の売買・生前贈与・死因贈与によってできます。ただし,どの 方法をとっても,極端な場合には遺留分減殺請求をされて結局争いが生じかねません。この点で,経営承継円滑化法の特例も万全とはいえません。
また,資産の形成方法にも配慮する必要があります。過度に持ち株と事業用資産に集中せず,遺言作成や将来の遺産分割に柔軟性を持たせる方がベターです。
なお,株式が共有状態になる手続上の支障は,きちんと定款等の手当てをすれば大丈夫です。
◆ 「ヒト」の承継の問題はどうでしょう。
「ヒト」の引継ぎは,従業員の志気,取引先との関係,銀行との関係,他の株主との関係など,「心」の問題になります。対策は簡単ではなく,一朝一夕にはいきません。
「ヒト」の承継には,納得のいく後継者の育成を前提に,経営者の想いやメッセージを利害関係人に対して伝えていくことが必要です。経営者の想いを 表す遺言の作成によって,経営者の理念,会社に対する想い,後に残された関係者に対する願いを伝えることも1つの方法でしょう。
「モノ・カネ」の承継対策だけでは限界があり,「ヒト」の承継対策が不可欠です。
「モノ・カネ」や相続税対策ばかり考えても意味はないのです。利害関係者の納得を得られないような(「ヒト」がうまく承継できないような)対策を講じても,万全な対策にはなりません。
「ヒト」の承継が完全なら,そもそも争いは生じません。むしろ,他の方策をとる必要はないとも言えるかもしれません。
もっとも,実際には万が一にも争いが生じるリスクは消せないため,「モノ・カネ」の対策も不可欠なのですが。
そのような観点で事業承継を準備して初めて,一般的な事業承継対策も実を結ぶことになります。
◆ 最後に
企業戦略としての事業承継は,経営者が自ら決断・実行する部分が大きなウェイトを占めます。企業や経営のことがわからない専門家のアドバイスだけで準備をしても不十分です。
今回は,抽象的な話に終始してしまった感があります。具体的な話はまたの機会にさせていただきます。
(なかた法律事務所) 2011年1月15日 00:32
「新卒者の内定を取り消さざるを得ない」 【企業法務】
弁護士(広島弁護士会所属)の仲田誠一です。
先日の中国新聞紙上に,日本郵便が新卒者の採用を中止するという記事が載っていました。
近年の経営環境の悪化によって,新卒採用を見合わせる企業が増えてきていますが,学生には気の毒なことです。士気の低下や社員構成がいびつになるなど,ゴーイング・コンサーンとしての企業自身にもいい影響はありません。
新卒採用を見合せる会社が増えているとともに,経営状況の悪化により採用内定を取り消す会社のことも毎年のようにニュース出てくるようになりました。
そこで,今回は,採用内定の取り消しのお話をしようと思います。
◆ 採用内定とは?
採用内定とは,企業が新規学卒者を採用する場合、在学中に選考を行い合格通知を出した上で、翌春の卒業を待って入社させる採用方法です。
現在では,採用内定段階で一定の労働契約が成立するとされています。契約が成立していないと考えてしまうと,就職活動をすでに止めて入社日を心待ち にしている学生の保護が図られないからです。(なお,口頭の内々定段階ではまだ1社に絞っておらず契約が成立したとは認められがたいです。)
入社は翌春であるから契約には「始期」がついており,また採用内定期間中は企業に特別の「解約権」が「留保」されていると考えられているため,結局,「解約権留保付始期付労働契約」が成立するとされています。
◆ 採用内定取消とは?
採用内定によって上記のような労働契約が成立するため,その取り消しは,「解雇」の性質をもちます。したがって,合理的理由・社会相当性がない取消は,解雇権の濫用として無効になります。
そして,内定において解約権が留保されている趣旨は、採用内定段階では十分知りえなかったことにつき必要な補充調査を行うため、最終的な決定を留保する点にあるとされます。
したがって、内定取消は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由とした採用内定の取消しが、解 約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的理由が存し社会通念上相当と是認されるものに限り,許されることになります(大日本印刷事件判決)。
具体的には,長期療養を必要とする病気の罹患が判明した,犯罪で訴追され入社日以降通常通り勤務できない,経歴書・身上書への虚偽記載が見つかった,卒業延期(不能)が判明した,などです。
◆ 経営状態が悪化したために採用内定を取り消すことが認められるか?
経営の危機も,客観的に合理的理由が存し社会通念上相当と是認される限りで,採用内定取消の理由になります。
経営状態の急激な悪化状況,採用過程の事情,内定取消を回避する経営努力状況など,具体的な事情に基づいて判断されます。
実際の例では,訴訟までもつれることは少なく,一定の謝罪金などを交付して学生側に誠意を見せることが多いと思います。
◆ 採用内定取消のペナルティ
新規学卒者に対する採用内定取消は,あらかじめ公共職業安定所長と学校長に対し,通知をしなければならないことになっています。
そして,一定の場合には,企業名等が厚生労働省のサイトなどに公表されますし,ハローワークから管轄地域の学校に情報が提供されます。
やはり,企業にとって一番大きい損失は,企業イメージの悪化や信用失墜でしょう。取り戻すのに何年かかるかわかりません。採用内定取消の目的である経営改善どころではなくなるかもしれません。
◆ 自宅待機
採用内定を取り消すのは忍びない,しかしラインが1つ停止しており,今来てもらっても仕事がない。
そのような場合には,自宅待機の方法をとることがあるでしょう。
自宅待機には,従業員との合意による場合と一方的な自宅待機命令の場合とがあります。前者では合意による手当,後者の場合には休業手当相当の手当を支払う必要があるでしょう。
どの方法であっても,あらかじめ公共職業安定所長や学校長への通知が必要となります。
◆ 最後に
採用内定取消や自宅待機は,それがやむを得ない事情による場合であっても,新規学卒者にとっては大きな損失を与えることになります。また,企業イメージや信用も大きく傷つくことになります。誰も得をしません。
新規採用は計画的に行う,雇った以上は不義理をしない,というのが企業側に必要な心構えでしょう。かといって,採用に慎重になりすぎるのは,企業の活性化を阻害し本末転倒ですが・・・。
(なかた法律事務所) 2011年1月13日 00:31
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