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「事業承継対策の必要性」  【企業法務】

弁護士(広島弁護士会所属)の仲田誠一です。catface

 

 

大昔の話ですが,私が就職活動をする際,最初に受けた某企業の集団面接において,「企業にとって何が一番大切か?」と聞かれたことがありました。

私が「心です」と元気に答えると,面接官やほかの学生に笑われてしまいました。他の学生はもっともらしいことを話しており,恥ずかしかったです。
幼稚な考えだと思われたのでしょうか。当然,面接には落ちました。

しかし,銀行員あるいは弁護士として多くの企業を見てきた現在でも,「企業には心が一番大事だ」という考えは変わっていません。

心=経営理念は企業組織を貫く柱です。経営者の「心」が,組織の末端にまで到達していなければ,営業活動は上手くいくはずありません(営業マンが何 を話してもお客さんに何も伝わりません)。また,企業不祥事の原因も,経営理念が行き渡らなかったためのモラルが低下であることが多いようです。リスク管 理の根幹も経営理念の浸透にあります。

事業活動の根幹は,「心」だと思います。

ちなみにその会社は,斜陽の一途をたどっています。

さて,今回は,中小企業の「事業承継対策はなぜ必要か?」についてのお話をさせてください。

事業承継対策の必要性については,近年さかんに宣伝され,経営承継円滑化法など立法や金融支援制度などの手当てもされているところです。経営者の方に対して,金融業界や弁護士,税理士など,様々な業界からアプローチがされているのではないでしょうか。

私なりの考えることを,銀行員として多くの中小企業経営を見てきた経験やリスク管理部署にいた経験も踏まえた上で,かつ法律の専門家としての観点から(といっては偉そうですが),お話しさせていただきたいと思います。

結局は,「心」の引継ぎが必要だというよくわらない話になりそうですが…

◆ 中小企業の事業の継続のためには・・・

企業は,事業を継続していくことに存在意義のある組織です(ゴーイング・コンサーン)。企業活動には,経営者一族はもちろん,従業員や取引先など利害関係者が多く存在します。企業がその事業活動を止めてしまうと,それらの利害関係者に多大な影響を与えてしまいます。

大企業をイメージすると,一般的には株主(企業の所有者)と経営・事業資産は分離しています(「所有と経営の分離」)。株主の経営に対する影響力 は限られていますし,よほどの大株主が変更しない限り経営者は代わりません。事業資産も会社名義なので株主の変更により影響を受けません。そのため,株主 が代わっても事業継続に支障をきたすことはないのが一般的です。

個人事業主はもちろん,法人であっても,わが国の中小企業の場合は様子が変わります。所有(株主)と経営は分離していません。事業自体が株主(兼経 営者)の資質に左右されることが大きいことはもちろん,株主の変更は即経営者の変更を意味します。さらに,工場や社屋など事業用資産が株主名義になってい るケースも多いです。したがって,株主(兼経営者)が交代すると,事業継続への影響が大きいのです。

そのため,中小企業においては,事業の継続を確保するために,ひいては多くの利害関係人のために,後継者などにスムーズに事業を引き継ぐことを考えなければならないのです。

それが事業承継の問題です。


◆ 中小企業の事業承継対策をしないと
具体的な話をしましょう。

例えば,経営者が,遺言を作成することなく急に亡くなったとします。経営者の遺産の大部分は持ち株や事業用資産でした。法定相続分に応じて,持ち株や事業用資産(事業用不動産など)が分割相続されたとしましょう。
後継者はなんとなく長男みたいなのですが,まだまだ周りから信認されているとは言えず,そのため他の相続人も納得していません。
そして,仕事ができて従業員や取引先の信認も厚い次男が,他に株を持っている親族なども抱きこんで後継者争いが始まりました。
長男は何とか遺産分割協議をまとめたいが,話合いがまとまりそうもない。

極端な,最悪なケースです。この会社は,事業継続自体が危ぶまれますし,会社が分裂する可能性もあるでしょう。

このようにならないために事業承継の対策が必要なのです。


上の会社は何が悪かったのでしょう?

◆ 後継者の育成

上の例では,そもそも後継者の育成がおざなりでした。

まず,事業承継の肝は,言うまでもなく,後継者の育成です(M&A,MBOも含めて)。
後継者が育たなければ,他のどんな対策をとっても意味がありません。

ちなみに,銀行時代の経験上,経営者代替わりによって取引先の企業が傾いたという実例は珍しくありませんでした。

さらに,後継者争いが起こった企業の有形無形のダメージは相当なものでした。

そのようなことがあって,銀行も,取引先企業に後継者候補がいるかいないか,また後継者候補の資質などを,みなさんが思っている以上に気にしています。銀行の融資対応にも少なからず影響すると言ってもいいと思います。


◆ 一般的に言われる「事業承継対策」

一般的に「事業承継対策」といわれている方策は,後継者育成のための環境作り,引き継いだ後継者へのサポートの意味合いを持ちます。

企業は,「ヒト・モノ・カネ」で出来ています(「ジョウホウ」を含めることもありますが,ここでは「ヒト」に含まれると考えてください)。
事業承継というからには,それらを後継者にスムーズに引き継ぐ必要があります。

せっかく育てた後継者に,会社の「ヒト・モノ・カネ」をスムーズに引き継がないと,後継者を育成した意味がありません。これも当然に重要なことです。


◆ 「モノ・カネ」の承継の問題

上の例の「モノ・カネ」の面を話すと,まず,事業用資産が分割取得されている面が問題です。上の例のように親族間の関係が悪化すると,事業継続に支障を来たすおそれがあります。
また,持ち株が共有取得されている問題もあります。そもそも関係悪化による事業継続への支障がおきるという問題に加え,新しい取締役等の決定もままならない手続上の問題も生じ得ます。
さらに,資産形成面でも,持ち株と事業用資産に集中をさせすぎていて,遺産分割に柔軟性を持たせられない問題もあります。


◆ 「ヒト」の承継の問題

一方,「ヒト」の承継の問題は,従業員の志気,取引先との関係,銀行との関係など,「心」の問題になります。

上の例では,経営者の生前の行為あるいは遺言によって,他の親族が事業の引継ぎを納得できるような環境を作れなかったため争いを招きました。

さらに,従業員がモラルを維持できるような,取引先や銀行との関係を維持できるような後継体制が整備されていなかった問題もあります。対策をしない うちに争いが起きてしまった以上は,従業員の士気は下がり,築き上げた企業風土は消え去ります。取引先もどちらにつくか混乱するでしょう。もしかしたら銀 行は融資を引き上げるかもしれません。

そのようになってしまうと収拾をつけるのは難しくなります。事業継続が難しくなるか,あるいはダメージを負ったまま分裂してしまうかもしれません。


事業承継対策の必要性

上に挙げたのは極端な例ですが,多かれ少なかれ,中小企業にとっての経営者の交代は企業の命運を左右するリスクがあることなのはわかっていただいたと思います。

中小企業の事業承継が,企業にとっての大きなリスク要因である以上(しかも保険ではカバーできません),経営者にとって,そのリスク管理は必須です。

「家族が争って事業をだめにするようなことはあり得ない」と考える方もいらっしゃるでしょうが,それは事業承継リスク管理の放棄です。問題が起きた 場合のダメージは大きいため,問題発生の可能性が完全にゼロと証明できない限りは,それに対する対策をする必要があります。


事業承継対策っていうけど・・・

事業承継対策は具体的にどういうことをするべきか,上の例に沿って,ほんのさわりだけお話しさせていただきます。詳しくは機会を見つけてお話しようと思います。

◆ 後継者の育成には

企業理念,取引先とのパイプ,企業人として心構え,経営者の自覚,カリスマ等々の引継ぎは非常に難しく,皆が納得できるような後継者育成には時間がかかります。

また,経営者は,往々にして,自分が元気なうちはすべて自分がやりたいと思う傾向があると思います。企業経営者には,ある程度自分を抑えて,計画的に後継者を育てる責任があると思います。

後継者の育成の方法としては,他社に修行に出す,社内で育てていく,子会社や一部門を任せる,などいろいろな方針があると思います。

経験上,社内で育成する場合には注意が必要だと思います。どうしても,裸の王様になりがちなような気がします。

銀行のジュニア層向けの親族会に積極的に参加させたり,社内でもきつい仕事を受け持って苦労を知ってもらうなどもいいかもしれません。

個人的には,中小企業経営者やその後継者が集まる企業法務あるいはマネジメントの講座や私塾に参加することもいいと思います。意識の高い目上の人あるいは対等の人との交流は,きっとよい財産になると思います。


我田引水ですが,私も大学と連携して他の弁護士や税理士などと,そのような戦略的ビジネス法務の研究会の準備をしているところです。

◆ 「モノ・カネ」の承継は,財産権の承継の問題です。

財産権の承継の問題である以上,持ち株や事業資産の分散を防ぐ対処は,遺言の作成や生前の売買・生前贈与・死因贈与によってできます。ただし,どの 方法をとっても,極端な場合には遺留分減殺請求をされて結局争いが生じかねません。この点で,経営承継円滑化法の特例も万全とはいえません。

また,資産の形成方法にも配慮する必要があります。過度に持ち株と事業用資産に集中せず,遺言作成や将来の遺産分割に柔軟性を持たせる方がベターです。

なお,株式が共有状態になる手続上の支障は,きちんと定款等の手当てをすれば大丈夫です。

◆ 「ヒト」の承継の問題はどうでしょう。

「ヒト」の引継ぎは,従業員の志気,取引先との関係,銀行との関係,他の株主との関係など,「心」の問題になります。対策は簡単ではなく,一朝一夕にはいきません。

「ヒト」の承継には,納得のいく後継者の育成を前提に,経営者の想いやメッセージを利害関係人に対して伝えていくことが必要です。経営者の想いを 表す遺言の作成によって,経営者の理念,会社に対する想い,後に残された関係者に対する願いを伝えることも1つの方法でしょう。

「モノ・カネ」の承継対策だけでは限界があり,「ヒト」の承継対策が不可欠です。
「モノ・カネ」や相続税対策ばかり考えても意味はないのです。利害関係者の納得を得られないような(「ヒト」がうまく承継できないような)対策を講じても,万全な対策にはなりません。

「ヒト」の承継が完全なら,そもそも争いは生じません。むしろ,他の方策をとる必要はないとも言えるかもしれません。

もっとも,実際には万が一にも争いが生じるリスクは消せないため,「モノ・カネ」の対策も不可欠なのですが。

そのような観点で事業承継を準備して初めて,一般的な事業承継対策も実を結ぶことになります。


◆ 最後に
企業戦略としての事業承継は,経営者が自ら決断・実行する部分が大きなウェイトを占めます。企業や経営のことがわからない専門家のアドバイスだけで準備をしても不十分です。

今回は,抽象的な話に終始してしまった感があります。具体的な話はまたの機会にさせていただきます。

 


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