弁護士の仲田誠一です(広島弁護士会所属)。
昨晩は時間をかけて手紙を書きました。
私が大学を卒業して初めて配属された銀行の支店長であり,その後いくつかの銀行の役員などを歴任され,昨年から隠居生活に入られた方です。お世話になった方です。
新前銀行員の私にとっては,当時,話すのも恐れ多い存在の方でしたが,縁あってまだ交流が続いています。
不思議なもので,怖い人は何年経ってもやはり怖いですね。その方に対する手紙の文章も,恥ずかしくないように何回も書き直して,ようやく書き上げました。
さて,前回の続きです。相続放棄の熟慮期間の具体例をお話したいと思います。
◆ 前回の復習
最高裁の立場では,
3ヶ月の熟慮期間の起算点(「自己のために相続の開始があったことを知った時」)は,原則として,相続人が相続開始の原因となった事実および自己が法律上の相続人となった事実を知った時です。
ただし,例外的に相続人を保護していました。
相続開始を知ってから3ヶ月以内に相続放棄または限定承認をしなかった理由が,被相続人に相続財産が全くないと信じたことであり,
かつ,
被相続人の生活歴,被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて相続人に対し相続財産の調査を期待することが著しく困難な事情があって,相続人がそう信じることに相当な理由があるときは,
「相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した又は通常これを認識しうべき時」が熟慮期間の起算点です。
それでは,どのような場合に,被相続人に相続財産が全くないと信じ(善意),かつ信じたことに相当の理由がある(相当性)と認められるのでしょうか?
具体例を見てみましょう。
◆ 肯定例
善意かつ相当と認められた(相続開始から3ヶ月以上先後に行われた相続放棄が有効とされた)例をいくつか挙げます。
最高裁の判例の事案は,被相続人と相続人との行き来が14年以上途絶えていた,被相続人が債務を負ったのは交渉が途絶えてから10年後だった,被相 続人から資産負債の説明を受けたことはない,相続すべき積極財産がなく葬儀も行われなかった,その1年後に判決正本の送達を受けて初めて債務の存在を知っ た,などの事情から,被相続人に相続財産が全くないと信じたことに相当性を認めました。
相続人が被相続人と別居してから被相続人死亡まで30年間以上全く交渉がなかった,葬式の時も内縁の妻が喪主となり相続人は資産負債について話を聞かされなかった,某信用保証協会の突然の通知で債務があることがわかったという例。
被相続人の債権者から突然内容証明郵便が送られて来たが,それまで全く交渉のなかった債権者から突然送られたこと,その記載内容や添付資料も不十分であることから,その後4ヵ月後に行った相続放棄を有効とした例。
事例が少ないのですが,基本的には,相続人に相続財産調査を期待できない事情があるケースですね。
最初から認められたケースでは,そもそも争いにならないので,当然に裁判例が残りません。そのため裁判例は否定例の方が多いです。
◆ 否定例
善意かつ相当と認められなかった(相続開始から3ヶ月以上先後に行われた相続放棄が無効とされ,単純承認の扱いになった)例をいくつか挙げます。
それらを大きく分けると,諸々の事情から相続人が簡単に相続財産債務の調査ができたであろうと判断される例と,一部でも積極財産の存在を認識した以上はたとえ借金を知らなくてもその時から3ヶ月の熟慮期間が進行するとされた例です。
そうであれば,被相続人に積極財産がない場合であっても,借金があるかもしれないと少しでも疑う場合には,必ず債務の存否の調査をしなければならないということになるでしょう。放っておいてはいけません。
また,一部でも不動産や預金などの積極財産があることを知ったなら,必ず債務の調査もする必要があるということになります。
気をつけて下さい。
具体的にはこれらの例です。
相続人は被相続人と同居し,被相続人死亡後はその経営していた会社の役員となっていた,被相続人の死亡後に相続不動産を第三者に賃貸した等の事情か ら,相続人は被相続人が積極・消極の財産を有していたことを知っていたものと推認されるし,財産がないと信じたとしても相当性がないとされた例。
被相続人と長年月没交渉であったわけではなく,相続人の学生時代は被相続人の元に出入りしていたから,その生活状態を認識していた筈であること,他 の相続人(その人の母親)に対して債権者から照会が来ているから相続人は簡単に債務の存在を調査できた,などの理由から,相当性が否定された例。
会社員である被相続人の死亡時に,負債の存在は知らなかったとしても不動産などの相続財産の存在を知っていた,被相続人は会社員であってもその妻は 個人事業主であり事業に関連して保証債務を負う可能性もあること,被相続人死亡時にその妻に多額の借金があることを知っていたこと,被相続人と同居してい た他の相続人に容易に被相続人の債務の有無などを確認できたこと,などの理由から,相当性を否定した例。
被相続人死亡時に,被相続人の積極財産の一部として土地,預金が存在することを知っていた以上,高額の相続債務があることを知らなくても,被相続人死亡時が熟慮期間の起算点となるとした例。
被相続人死亡時に,被相続人の積極財産として不動産の存在を知っていた以上,長男が相続するものと信じ,自分は相続することはないと信じたとしても,被相続人死亡時が熟慮期間の起算点となるとした例。
最後の2つの例は,相続財産の一部でも認識したらその時が熟慮期間の起算点だとする判例に沿うものです。しかし,近時は,事情によって反対の判断をする裁判例もあります。
例えば,相続人が遺産の存在を認識していたとしても,他の相続人が相続する等のために,自己が相続すべき遺産はないと信じ,かつ,そう信じる無理からぬ事情がある場合には,熟慮期間は未だ進行しないとする裁判例があります。
また,被相続人の死亡時に相続財産の存在を知っていても,自らは全く承継しないと信じ,かつ,そう信じる相当な理由がある場合(そのケースでは遺言書がありmなした)には,被相続人の死亡時を熟慮期間の起算点としないとする裁判例もあります。
今後はこちらよりの判断がされる可能性が高いでしょう。
◆ 最後に
最後まで読んでいただいた方がいらっしゃるかわかりませんが・・・
上記のように,裁判では,具体的な事情によって微妙な判断がなされるようです。
不安になったらすぐに専門家に相談してください。
裁判で争わなくていいようにするに越したことはありません。