弁護士(広島弁護士会所属)の仲田誠一です。
先日,阪神タイガースの選手が,不動産業者に対して仲介手数料を支払え,との判決を受けた,という報道がありました。
不動産仲介業者が自宅物件を鳥谷選手に仲介したが,結局,同選手は直接オーナーと契約したとして,不動産業者から仲介手数料を請求されたようですね。
事実自体にも争いがあったようで,事案の詳細はわかりません。
今回は,そのニュースをヒントに,正義(「信義則」)について考えてみましょう。
◆ 条件付権利とは,
さて,不動産の仲介手数料は業者が仲介した物件の契約をさせて初めて生じるものです。その意味で,「条件付権利」(正確には「停止条件付権利」)です。つまり,仲介料請求権は,成約という「条件」が成就して初めて発生する報酬請求権と言えます。
受験生に対して広島大学に合格したら100万円をあげる,といった約束をした場合の,受験生の100万円の請求権も,広大に合格するという「条件」が成就して初めて100万円の請求権が発生する点で同じく「条件付権利」(「停止条件付権利」)だと考えてください。
◆ そのような条件の成就を故意に妨げると?
上の例で,業者に仲介を頼んだ買主が,仲介料をケチって,業者から紹介してもらったオーナーと直接自分で契約をしたら,業者に対する仲介手数料はどうなるのでしょうか?
あるいは,100万円あげると約束した人が,100万円を惜しんで広島大学の受験に行こうとする受験生を邪魔して受験できなくさせたら,その100万円はどうなるのでしょうか?
常識的に見ると,自分が約束をしておいて,条件が成就すれば損をしてしまう当事者がそれを妨害して利益を得るのは卑怯だ,仲介料や100万円を払わないと正義(信義則)に反する,と考えますよね。
安心してください。法律は(基本的には)常識から外れていません。
契約関係にある当事者は,お互いに利益を得るためには他方に損害を与えても構わないというわけではありません。お互い相手の信頼を裏切らないよう に,相手に損害を与えないように行動をする必要があります。それを,「信義則」(「信義誠実の原則」)と言います。そうではないと,社会が無茶苦茶あるい は弱肉強食の世界になってしまいますよね。そこで,民法も「信義誠実の原則」を定めています。
そして,「信義則」を具体化した規定として,民法130条があります。同規定は,「条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは,相手方は,その条件が成就したものとみなすことができる」,と規定しています。
民法130条によると,仲介により成約する,広島大学に合格する,という条件が達成されることによって,お金を払うことになる当事者が,自分で勝手 に紹介されたオーナーと契約をしたり,広大に受験させなかったりして故意に条件の達成を妨げたのであるから,相手方(業者,受験生)は,その条件が達成し たとみなして,仲介手数料を請求したり,100万円を請求したりできることになります。
◆ 条件が成就したら利益を受ける当事者が故意にその条件を成就させたら?
民法130条は,条件成就により「不利益」を受ける当事者がその条件の成就を「妨げた」場合の規定です。
では,条件が成就したら「利益」を受ける当事者が故意にその条件を「成就させた」らどうなるのでしょうか。このような場面で直接適用できる規定はありません。もちろん,民法130条が適用される場面ではありません。
この点に関しては,有名な判例があります。
かつらメーカー同士の争いの結果,AB社は和解契約をしました。
その内容は,ある種類のかつらをB社が製造販売することを禁止し,それに違反したらB社がA社に対して違約金を支払うというものでした。
裁判所の認定では,A社は,B社が和解契約を守っているか調査・確認する範囲を超えて,人を使って積極的にB社が禁止された種類のかつらを製造販売するように仕向けた(誘発した)という事案でした。
ある種のかつらを製造販売しないという条項に違反するという「条件」が成就したら,違約金請求権が発生するという点で,A社の違約金請求権は「条件付権利」です。
A社は,B社が和解条項に違反したとして,B社に対して違約金を請求しました。
常識的にはどうでしょう。やはり,条件を故意に成就させた当事者がそれによって利益を得るのは,正義(「信義則」)に反すると思いませんか?
先ほどの民法130条も,正義(「信義則」)に基づく規定でした。
そこで,判例は,このケースは条件が成就したら利益を受ける当事者(A社)が故意にその条件を成就したケースだから,民法130条の「類推適用」によって,相手方(B社)はその条件が成就していないものとみなすことができる,として,A社の請求を認めませんでした。
「類推適用」とは,ある法律の規定が「直接」適用される場面ではないが,その規定の趣旨や適用される利益状況などが共通する場面にも,その規定の考え方を及ぼし,同じような効果を生じさせようとする「解釈」手法です。
民法130条が直接適用される場面ではない。しかし,同規定は「信義則」に基づくし,民法130条の適用される場面とこの場面とは,条件の成就に絡 んで一方当事者が不誠実な行動を取って利益を得ようとしているという利益状況も共通である。だから,同規定の趣旨をこの場面にも及ぼして,同じように不誠 実な当事者には利益を与えない結論を導く,ということです。
◆ 最後に
法律は,正義に基づくはずです。
また,裁判も正義に基づくはずです(証拠に基づく限りの判断という限界はあります)。
今回は,ニュースをヒントにして,正義(信義則)に基づく民法130条の紹介と,直接の規定がない場面にその正義(信義則)の考えを及ぼした判例の紹介をさせていただきました。