弁護士(広島弁護士会所属)の仲田誠一です。
前回,「条件」に関係するお話をしました。そこで,今回は,「条件」との区別が紛らわしい,「期限」のお話をさせていただこうと思います。
一見,当たり前のようで,しかし,難しいお話です。
出世払いの借金は,いつまでに返す必要があるのでしょうか,それとも出世しない限りは返済しなくていいのでしょうか?
◆ 「条件」と「期限」の違いは?
「条件」と「期限」の違いはわかりますか?
日常,よく「○○したら」とか「○○になったら」という言葉をつけて約束をしますね。それらは「条件」を決めたのでしょうか,それとも「期限」を決めたのでしょうか?
前回お話した,「広大に合格したら100万円をやる」という約束の「広大に合格したら」は,「条件」です(正確には「停止条件」です。「停止条件」 とは,それが成就したら効果が発生する「条件」です)。したがって,100万円の請求権は,広大に合格したという事実が発生(停止条件が成就)して初め て,発生するわけです。
では,「3月末になったら借金を返済する」という約束がされた場合の,「3月末になったら」は,どうでしょう?感覚的には,「条件」ではなく,「期限」だとおわかりでしょう。よく「返済期限」とか言いますからね。
なんとなくおわかりだと思います。「条件」と「期限」は,ともに将来の一定の事実ですが,その発生・到来が確実かそうではないかによって区別されます。
「合格」のように,将来それが発生するかどうかわからない事実が「条件」です。それに対して,「3月末」のように将来到来することが確実な事実が「期限」です。
「当たり前じゃないか」,「そんな区別ぐらいわかるよ」,とみなさん思われるかもしれません。
でも,そう簡単な話ではないですよ。
両者の区別が微妙なケースは多々あります。そして,どちらであるかによって,法律的な効果も違ってきます。
「出世払いで」借金をした場合はどちらでしょうか?
「出世したら返済する」という「停止条件」の意味なのでしょうか?
「出世するか出世しないかわかる時点まで返済を猶予する」という支払「期限」の意味なのでしょうか?
「出世すること」が「停止条件」だとすると,出世することがなければ返済する義務はありません。一方,支払「期限」だとすると,出世した時点または出世する見込みがなくなった時点で支払期限が到来して支払わなければなりません。
◆ 出世払いの約束の意味
大正時代に実際に争われた事例があり,有名な判例が出ました。
判例は,その事例での「出世払い」は「不確定期限」(将来確実に発生するが,その時期はわからない事実)であると判断しました。
つまり,出世しなかったら返済しなくていいという約束ではなく,出世した時点まで,あるいは出世の見込みがなくなった時点まで,返済を猶予するという意味の約束だとしたのです。
借金は返すべきだと考えると,判例のように,出世払いは停止「条件」ではなく不確定「期限」だという判断になるのでしょう。
もっとも,親族が出世払いでお金を貸すようなケースでは,そもそも貸主には借主に対して法的な返済義務を課すつもりがない場合が多いでしょう。
そのように法的に返済を強制されない債務を「自然債務」ということがあります。
これも戦前ですが,その点についての判例があります。
その判例は,カフェーの女給の歓心を買うために客がした女給に対して多額の金銭を与えるとの約束を,客が女給に対して裁判上の請求権を与える趣旨ではない(つまり,裁判では請求できない約束だから女給は裁判には負ける)と判断しました。
事例によって,そのようなケースなのか,上記の判例のような不確定期限付の約束なのかが判断されるのではないかと思います。
◆ 最近の事例
「条件」か「期限」か,の争いは,決して古いものではありません。
その点が争われた最高裁の判決が最近出ていました。デフォルメすると。
元請→ 一次下請 →二次下請 ・・・・・・・→Y →X,と順次工事が発注されました。XとYとの間には,「Yが請負代金の支払を受けた後に,Xに対して請負代金を支払う」との合意がありました。
「Yが請負代金の支払を受けた後」というのは,「条件」(「停止条件」)でしょうか,「期限」(「不確定期限」)でしょうか?
「停止条件」だとすると,Yが請負代金を受けない限り,XはYに請負代金を請求することができません。
XがYに対して請負代金の支払を請求しました。
最高裁は,その事案の事情(公共事業にかかわる工事であって,請負代金の支払が確実だったなど)の下では,XYの上記合意は,Yが請負代金の支払を 受けることを「停止条件」としたものではなく,Yが支払を受けた時点またはその見込みがなくなった時点でYの請負代金債務の支払「期限」が到来することを 定めたものだ,と判断しました。
それであれば,Yが自己の発注者から代金を回収できなくても,Xは自己の発注者であるYに対して,請負代金の支払を請求できることになります。
「条件」だとすると,Yが請負代金を回収できなければXもYに対して代金を請求できないことになり,結局,Yの請負代金回収リスクを,Xがまるまる 被ってしまいます。それは,通常,不公平でしょう。個人的には,特別の事情がない限り,そのような合意は「期限」と解釈するのが妥当だと考えます。
◆ 最後に
「条件」「期限」というような陳腐な言葉も,法律的に考えると判断が微妙なケースがあり,またどちらかによって効果も変わってきます。
契約書など文書を作成する場合は,その文章が法的にどのような意味を持つのか,よく確認してから作成しなければいけません。
外国語の文書の翻訳と同じような感覚で,専門家にチェックをしてもらう方が安心です。